ノッポさんのひとりごと

ノッポおやじが感じたこと暮らしの役に立つ情報を載せています。

Carp Bクラスの原因は

こんにちは、カープおやじのノッポです。

1975年初優勝 リーグ優勝8回、日本シリーズ優勝3回を勝ち取っているが、

今回は、カープが1998年から2012年まで連続Bクラスこの原因について検証します。

 

成績

1968年Mazdaが親会社になり球団名が広島カープから広島東洋カープに変更しました。

 広島東洋カープに変更後成績

年度 監督 順位 試合 勝利 敗北 引分 勝率 打率 本塁打 防御率
1968 根本 陸夫 3 134 68 62 4 .523 9.0 .224 112 2.91
1969 根本 陸夫 6 130 56 70 4 .444 18.0 .221 121 3.24
 
1970 根本 陸夫 4 130 62 60 8 .508 15.0 .226 108 3.00
1971 根本 陸夫 4 130 63 61 6 .508 8.0 .233 89 3.11
1972 根本 陸夫 6 130 49 75 6 .395 24.0 .250 117 3.57
1973 別当 薫 6 130 60 67 3 .472 6.5 .223 104 3.04
1974 森永 勝也 6 130 54 72 4 .429 19.5 .242 127 3.61
1975 ルーツ・古葉 1 130 72 47 11 .605 --- .256 131 2.96
1976 古葉 竹識 3 130 61 58 11 .513 14.0 .270 169 4.02
1977 古葉 竹識 5 130 51 67 12 .432 25.0 .268 163 4.83
1978 古葉 竹識 3 130 62 50 18 .554 5.0 .284 205 4.38
1979 古葉 竹識 1 130 67 50 13 .573 --- .257 172 3.74
 
1980 古葉 竹識 1 130 73 44 13 .624 --- .263 161 3.37
1981 古葉 竹識 2 130 67 54 9 .554 6.0 .274 181 3.66
1982 古葉 竹識 4 130 59 58 13 .504 8.0 .254 139 3.30
1983 古葉 竹識 2 130 65 55 10 .542 6.0 .269 164 3.65
1984 古葉 竹識 1 130 75 45 10 .625 --- .274 167 3.37
1985 古葉 竹識 2 130 68 57 5 .544 7.0 .271 160 4.13
1986 阿南 準郎 1 130 73 46 11 .613 --- .254 137 2.89
1987 阿南 準郎 3 130 65 55 10 .542 11.5 .268 143 3.14
1988 阿南 準郎 3 130 65 62 3 .512 15.0 .244 105 3.06
1989 山本 浩二 2 130 73 51 6 .589 9.0 .271 101 3.01
 
1990 山本 浩二 2 132 66 64 2 .508 22.0 .267 140 3.57
1991 山本 浩二 1 132 74 56 2 .569 --- .254 88 3.23
1992 山本 浩二 4 130 66 64 0 .508 3.0 .260 122 3.60
1993 山本 浩二 6 131 53 77 1 .408 27.0 .253 155 4.29
1994 三村 敏之 3 130 66 64 0 .508 4.0 .276 126 4.18
1995 三村 敏之 2 131 74 56 1 .569 8.0 .263 166 3.57
1996 三村 敏之 3 130 71 59 0 .546 6.0 .281 162 4.08
1997 三村 敏之 3 135 66 69 0 .489 17.0 .259 164 4.44
1998 三村 敏之 5 135 60 75 0 .444 19.0 .265 131 4.01
1999 達川 晃豊 5 135 57 78 0 .422 24.0 .260 152 4.78
 
2000 達川 晃豊 5 136 65 70 1 .481 13.0 .256 150 4.48
2001 山本 浩二 4 140 68 65 7 .511   .269 155 3.82
2002 山本 浩二 5 140 64 72 4 .471 21.0 .259 154 4.36
2003 山本 浩二 5 140 67 71 2 .486 20.0 .259 153 4.23
2004 山本 浩二 5 138 60 77 1 .438 20.0 .276 187 4.75
2005 山本 浩二 6 146 58 84 4 .408 29.5 .275 184 4.80
2006 M.ブラウン 5 146 62 79 5 .440 25.0 .266 127 3.96
2007 M.ブラウン 5 144 60 82 2 .423 19.5 .263 132 4.22
2008 M.ブラウン 4 144 69 70 5 .496 14.0 .271 100 3.78
2009 M.ブラウン 5 144 65 75 4 .464 26.5 .245 101 3.59
 
2010 野村 謙二郎 5 144 58 84 2 .408 21.5 .263 104 4.80
2011 野村 謙二郎 5 144 60 76 8 .441 16.0 .245 52 3.22
2012 野村 謙二郎 4 144 61 71 12 .462 26.5 .233 76 2.72
2013 野村 謙二郎 3 144 69 72 3 .489 17.0 .248 110 3.46
2014 野村 謙二郎 3 144 74 68 2 .521 7.5 .272 153 3.79
2015 緒方 孝市 4 143 69 71 3 .493 6.5 .246 105 2.92
2016 緒方 孝市 1 143 89 52 2 .631 --- .272 153 3.20
2017 緒方 孝市 1 143 88 51 4 .633 --- .273 152 3.39
2018 緒方 孝市 1 143 82 59 2 .582 --- .262 175

4.12

 原因

 まずは、ドラフトが、一因と考えられます。

 なぜなら 1993年から2000年まで2位まで逆指名3位以降ウエーバー

 この期間で逆指名で取った選手は、1994年山内、1996年澤崎、黒田、     1997年遠藤、1999年木村、2000年廣瀬のたった6名

  2001年から2004年まで自由獲得枠制

  2002年 永川勝浩一人だけ

  次の要因としてFAが、考えられます。

  1994年川口投手、1999年江藤選手、2002年金本選手、2007年新   井選手が、FA宣言していづれセリーグの球団に移籍しています。

  どの選手もエースか、4番バッターばかりで相当なダメージがあったと推測され   ます。

つぶやき

  FAは、ジャイアンツなど人気球団で、金持ち球団が、やりたい放題

  ドラフトくらいは、平等に新人選手を12球団平等に選択できたらいいと思うので

  今後のドラフトは、アメリカと同じ完全ウエバー方式を行えばと思います。

  選手からは、不満があるかもしれませんが・・・・

  そしてどうしても行きたい球団が、あれば将来FA宣言すればいいと思います。

   引き分けなしの完全決着・・・本当に強いチームが一位になる。

   日本のFA制度については、現段階では、現行がいいのか悪いのかよくわかりません

  今後、勉強して報告します。

外部リンク